実験思考と高崎高島屋から考える、つながりにお金を払うという仮説

実験思考という書籍が1億を集めた事例と、7年連続増収の高崎高島屋から考える、合理化・集約化が進むと、人はちょっとした非合理を許容し、つながりにお金を払うようになるのではという仮説

 

地方・経営というテーマでいろいろと考えていると、購買はすべてwebに移行して、店舗型ビジネス、特に地方の店舗型ビジネスは大変なのではないか、と考えてしまうことがあります。

 

webで、店舗で買うより安く、時間も取らずにモノが買えてしまう。

 

あらゆるビジネス・サービスが、webを通して利用できる。

これは本当に便利です。

 

一方で、物の購入、サービス利用を通した人とのタッチポイントはどんどん減ります。

 

筆者自身の生活を考えても、かなりの部分で、人と物、サービスの購入を通して関わることが減っているなと感じます。Kindleで書籍はワンクリックで買え、都内であれば、Uber Eatsを頼めば、いろいろな飲食店の料理を配達員が届けてくれます。田舎でも、食材宅配などのサービスはあります。あらゆる映画、エンターテイメントはNetfixやAmazon Prime、Spotify、オンラインゲーム、雑誌読み放題サービスなどのオンラインサービスに集約されつつあります。

 

しかし、そんな中で、今日、2つの興味深い記事に出会いました。

 

一つは、

高島屋の店長に話を聞いたら、地方で着々と「人口減少社会への適応」が進んでいて、驚いた。

高島屋の店長に話を聞いたら、地方で着々と「人口減少社会への適応」が進んでいて、驚いた。
つい先日、高崎高島屋の中川徹社長に話を聞くため、群馬県の高崎市に行ってきた。 彼は中高の同級生で、再会するのは20年以上ぶりだ。   中川さんは、高崎に配属される以前は、神奈川県横浜市にある、港南台店の店長に店…

 

もう一つは、実験思考という書籍を無料なり原価で販売し、価格を委ね、価値を感じたり、筆者との関わりを持ちたい人は、一定の金額を支払ってみませんかという、ある種の社会実験。

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この2つから推測できることは、「合理化が進むほど、人はかえって少しの非合理を許容したり、つながりのためにお金を支払うようになるのではないか」という点です。

 

少し前だと、「店員にあれこれ買わされそうになるのが嫌で、ネットで買う」「店に行くのがめんどくさい」「ネットが安いのでネットで買う」「買えるものは最小限の出費で、安く」という人が多かったかと思いますし、今でもその傾向はあると思います。

 

一方、あらゆることが合理化された結果、逆に「人はちょっとした非合理を許容したり、つながりに対して出費をするという、ある種のコト消費、ファン消費が進むのではないか」という気持ちもしています。

 

あらゆることが合理化されていく現代だからこそ、もしかしてどこかでその揺り戻しがくるのではないかな、と個人的には考えます。

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