改めて、成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝を読み直す

先日の記事では、「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝」内の、孫正義氏・柳井正氏のインタビューを主にピックアップしました。

 

今回は、本編の中から、気になった、共感した部分、驚きを覚えた部分をピックアップしていきます。

 

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レイ・クロックの心構え

 

改めて強調したいのは、(これまでのセールスパーソンとしての実績はあったものの)レイ・クロックがマクドナルドというフランチャイズビジネスに取り組んだのは「52歳から」であるということ。

 

その上で、年齢と、”ビジネスに身体を酷使し、糖尿病と関節炎を患い、胆嚢のすべてと、甲状腺の大半を失っ”た体の、その後の、マクドナルド兄弟との契約トラブル、その他数々のトラブルを乗り越え、「マクドナルド帝国」をつくりあげたのです。

 

レイ・クロック氏にとって、「仕事」とは、

その人の人生にとって、ハンバーガーの肉のような存在である。

と、人生の中核、ワーク・アズ・ライフであるような考えを持っており、

 

「仕事ばかりして遊ばなければ人間駄目になる」という格言があるが、私はこれには同意しない。なぜなら、私にとっては、仕事が遊びそのものだったからだ。野球をして得るのと変わらない喜びを仕事からも得ていたのである。

 

まさに、仕事が遊びで、遊びが仕事を地で行くような人。

 

本多静六氏が著書で記した「職業の道楽化」を実現しています。

 

この他にも興味深いエピソードが多々あります。

  • ペーパーカップは衛生的であり、破損のおそれもなく、テイクアウトに対応できる(ため、来店以外のテイクアウト需要に対応できる)
  • 私の仕事は、顧客の売り上げを伸ばすことで、顧客の利益を奪うことではない。
  • 最初に売るのは、自分自身だ。それに成功できれば、ペーパーカップを売るのは楽だ
  • 「あきらめずに頑張り通せば、夢は必ず叶う」
  • 成功に(努力は必要であり)リスクは必ずつきまとう。しかし、それこそ醍醐味である

 

などのエピソード、また、

 

  • 問題に押しつぶされないための、レイ・クロック氏の対処法
  • 契約書に関するエピソード
  • ポテトが売りであり、専用の油で揚げること、ポテトを美味しく管理するエピソード
  • マクドナルドの当初の仕組みが夫が経営やオペレーション担当、妻が帳簿をつけ人事を管轄する、といった相互利益の仕組み

など様々な話が出てきます。

 

 

マクドナルドのスローガンは「ビジネスは、一人では成功しない」であり、これは我々の成功の秘訣の一つである。三社の保険会社からの融資によって勢いがつき、好奇心をかき立てる状況が起きた。会社に数字の上では利益があると示すことができたのだ。

 

この、ビジネスは一人では成功できないという点は、今も通じるところではないでしょうか。

 

また、タイトルの由来にもなった、

ライバル店のゴミ箱を漁ったエピソードも必読です。

 

と、ここまで書いてきましたが、本書で創業者のマクドナルド兄弟と対立したエピソードを、別の視点から描いた映画が以前公開されており、これもまた異なる視点でマクドナルドの草創期を描いたものとして、後ほど見ることができれば、と思っております。

ふたりの経営者が読み解く鬼才、レイ・クロックは「英雄か、怪物か」
米ハンバーガーチェーン、マクドナルドの創業者レイ・クロックを描いた映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』が公開されている。レイ・クロックといえば、冴えないセールスマンから一転、52歳のときに出会ったハンバーガーショップを世界最大のチ

 

上記の対談を読むと、レイ・クロック氏を、現在のアメリカ大統領・ドナルド・トランプ氏に重ね合わせる人も多いでしょう。

 

”「競争相手のすべてを知りたければゴミ箱の中を調べればいい。知りたいものは全部 転がっている。 私が深夜二時にゴミを漁って、 前日に肉を何箱、 パンをどれだけ消費したのか調べたことは一度や 二度ではない」”

 

”「相手が溺れかかっていたら そいつの口に注水ホースをねじこんでやるね」”

 

なお、レイ・クロック自伝に関する以前の記事は下記の通りです。

成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝後書き・孫正義氏と柳井正氏の興味深い対談

 

「1兆を目指す」は12年後、「2兆越え達成」になっていた

 

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