本日(1月27日)の日本経済新聞で、日本政策金融公庫の田中一穂総裁が、
- 公庫における劣後(れつご)ローンの実績の強さ
- 官民協調で劣後ローンを進めて行く
という発言がありました。
「そもそも劣後ローン(劣後融資・資本性ローン)って何?」という方も、正直いらっしゃるかもしれません。
劣後、だから「なにかの後にくるんだよな」など、漠然としたイメージはできても、じゃあなにの後に来るの?となると答えにくいと思います。
今回は、そんな劣後ローンについて解説します。
劣後ローンを端的に言うと?
劣後ローンの性質をシンプルに言うと、こうなります。
- 金利は通常のローンより高い(完全回収できないリスクが通常より高いため)
- 返済の順位が「劣後(れつご)、」、つまり他の返す借金より返す順が遅い。(全ての通常ローンなど債務を返した後、残ったお金の中から劣後ローンを返す)
- 金融機関は、原則劣後ローンを負債ではなく自己資本とみなす(そのため、通常のローンの活用より、金融機関から債務超過と見なされにくい)
- 返済は後回しでもよく、長期間返済しなくて良い性質の商品もある
という点があります。
シンプルに言うと、「金利は高いけど借りる側に取ってはメリットも大きく・借入金の一部を負債ではなく自己資本とみなすことができる」ローンが劣後ローンです。
劣後ローン、具体的にはどのようなものがあるの?
それでは、最初に書いた日本政策金融公庫の劣後ローンに関して、どういう物があるのかを見てみましょう。
まず、一般的なこととして、劣後ローンは「貸し手にとって不利」なローンです。そのため、厳しい条件や、「劣後ローンでなくてはならない理由があるものに対し、融資する」というハードルを設けているケースが少なくありません。
一例として、新型コロナ対策の、下記の貸付を解説します。
新型感染症対策挑戦支援資本強化特別貸付(新型コロナ対策資本性劣後ローン)
こちらは、国民生活事業という、スモールビジネス・個人事業向けの商品と、中小企業向けの中小企業事業という2種類の区分けがあります。
この融資を受けるためには、下記のいずれかの条件を満たす必要があります。
国民生活事業
新型コロナウイルス感染症の影響を受けた法人または個人企業の方であって、次のいずれかに該当する方
・J-Startupプログラムに選定された企業又は中小企業基盤整備機構が出資する投資ファンドから出資を受けた方
・中小企業再生支援協議会の支援を受けて事業の再生を図る方
・原則として認定経営革新等支援機関(認定支援機関)の指導を受けて事業計画を策定した方であって、かつ民間金融機関等との協調支援により事業の発展又は継続を図る方
中小企業事業
新型コロナウイルス感染症の影響を受けた方。ただし、次のいずれかに当てはまる方に限る。
・J-Startupプログラムに選定された方または独立行政法人中小企業基盤整備機構が出資する投資事業有限責任組合から出資を受けて事業の成長を図る方
・中小企業再生支援協議会の関与のもとで事業の再生を行う方
・上記1および2に該当しない方であって、事業計画書を策定し、民間金融機関等による支援を受けられる等の支援体制が構築されている方
このように、「第三者がお墨付きをつけ、かつファンドや協議会・認定支援機関など、外部の機関から支援してもらえるところが対象ですよ」と限定しています。
やはり、貸す側としても、「専門的な第三者が付いている」というのは、非常に大きな要素と言えます。
資金使途は設備資金・運転資金と一般的。
ただこの後がかなり通常の融資と異なります。
国民生活事業融資限度額:7,200万円以内(別枠)
中小企業事業融資限度枠:直接貸付 7億2千万円(別枠)
と、通常の公庫の融資枠とは別の枠で、最大7,200万円、もしくは7億2千万円を貸しますよ、ということで、通常の融資の場合は、「これくらいの企業にはこれくらいの枠を・・・」という壁を取っ払って、数千万~数億をお貸ししますよ、という「劣後ローンは別」というのが新型コロナ対策資本性劣後ローンの特徴的な部分です。
さらに特徴的なのは、返済期間です。
5年1ヵ月、10年、20年のいずれか(期限一括償還)とあり、それまでの期間は金利だけ返してもらって、逆に5年1ヶ月や10年、20年という所定の期間が来たら、「全額耳を揃えて返してね」という、ある意味なかなか通常のローンでは見かけない形態です。(通常の融資であれば、元本と利息を一緒に返していくケースが多いですよね)
そこで、利息だけは返済してねとありますが、その利息はいくらか。
融資後3年間は0.50%。
3年経過以降は、税引後当期純利益額が0円以上(プラス)なら、期間5年1ヵ月 期間10年 期間20年それぞれで、2.60% 2.60% 2.95%の金利を払ってね、と。
ただし、税引後当期純利益額が0円未満(マイナス)なら、一律金利は0.5%。
仮に、5,000万円の劣後ローンを借りた場合、当初3年や赤字の際は、毎年250,000円の金利を払ってね、となりますが、期間20年で黒字の場合は、その年に1,470,000円の金利を払ってね、と一年間で1,220,000円と大きく返済額が違ってきます。
なお、注意書きに、「ご融資後5年間は、原則として期限前返済はできません。」とあります。これを裏返すと、無事借りた企業の業績が回復して、10年や20年の期間を待たなくても返済できる状況になった場合は、繰り上げで「全額一括」による返済は可能と推定されます。
このように、劣後ローンを活用した融資メニューには、通常の融資とは異なる点が多くあります。
また、他の特徴としては、
- 金融検査上、自己資本とみなす(おおざっぱにいうと、負債とみなされるより公庫・他の金融機関にとっても有利)
- 倒産手続きの開始決定が裁判所によってなされた場合、全ての債務を払った後、残りがあれば払う(つまり、貸す側には万一の時に回収ができないリスクが高くなる)
- 事業計画書を提出
などの条件があります。
ちなみに、「金融検査上、自己資本とみなす」ことにどういうメリットがあるんだ?というのが多くの人の疑問かもしれません。
まず、非常に単純化した話としますので、厳密には違うという箇所があるかも、というのはご了承ください。
2019年までは公的に、その後も金融機関は「自己査定」という形で、ある意味、金融機関の債務者格付けチェックを行っていました。
自行の貸出先を、正常先・要注意先・破綻懸念先・実質破綻先及び破綻先に分類、貸し出した先の財務状況が悪いほど、その分引当金を用意する必要がありました。
非常に単純化した言い方ですが、通常の借入で、「負債」が大きくなると、「おい、この会社大丈夫か?」となります。金融機関も負債が大きくなれば、格下げやそれに応じたお金を貸倒引当金として積んでおいたり、場合によっては債権回収に動く必要がでてきます。
2019年12月、金融検査マニュアルは廃止され、同時に「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」が策定されましたが、金融庁は”引当・償却について現状の実務を否定するものではない”としており、実務上は過去の自己査定や償却・引当の実務がベースになっているという状況はあり、格付け自体は実質している(であろう、金融機関内部の人間ではないのでわかりませんが)状況が続いています。
自己査定について書くと、相当なボリュームになりますので、ここではこれくらいにしておきますが、早い話が、「お金を借りてもらうなら、劣後ローンで借りてもらった方が良い格付けがしやすい」と言えます。
ちなみに、日本政策金融公庫だけでなく、民間の金融機関も劣後ローンに対応しています。
また、近い時期ではANAに4,000億円の劣後ローンが三井住友銀行・日本政策投資銀行等より投入されるなど、様々な金融機関で劣後ローンの活用がされています。
以上の通り、劣後ローンというのは、ある意味政策的な側面もある、なくてはならない企業を支援するための手段とも言えます。
あまり、中小企業や個人事業などで劣後ローンを活用するケースというのは多くないかもしれませんが、このような制度があることは、頭の中に入れてよいと思います。