緊急事態宣言延長の方向性の強まりに感じる、自粛「要請」という言葉と、対応する補償、企業救済策の弱さ

現在、多くの企業・個人が営業・不要不急の外出自粛を要請されている状況です。

諸外国のいくつかの国が5月末まで緊急事態宣言を出す状態で、日本も5月末まで伸ばすという案が出てきています。

 

現行の制度など様々な事情があるのは承知の上ですが、多くの識者が言うように、「休業と補償はセット」でないと、ここからどんどん社会的な倒産、社会的な死、物理的な死を選ばざるを得なくなる人が出てくるでしょう。

 

中小零細にとっては、GWまではなんとか耐えても、5月末、6月末となったら相当危ないという会社も少なくないでしょう。

 

当初は、多くの方が、「緊急事態宣言は一応GWまでとなっているが、多分延びるだろうな」とうっすらと感じてはいたと思います。

 

ただ、本日(4月30日)のニュースのように、ほぼ5月末まで延びますよ、この先もわかりませんよとなると、少なからぬ中小零細、個人事業主(特に店舗・サービス業)が行き詰まるでしょうし、連鎖的に関わる業種も多くのダメージを受けることは明白です。

 

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リアルに合成の誤謬が実現してしまった社会

合成の誤謬(個人ブログとして、非常にわかりやすく書かれています)として、個人個人(ミクロ)が自身に最適化したした行動を取ろうとすると、マクロ(全体)では不都合が起こってしまうという例えも。

 

現状では、

  • 新型コロナウイルスの特性がわからない以上、全体としては行動を8割減にすることで、社会活動を抑え、新型コロナウイルスの蔓延を抑え込む必要がある
  • 医療資源の逼迫・従事者の限界に達した負担を抑え、他の医療リソースを確保

という課題がある一方、

  • 現在多くの店が営業自粛をしており、その間も家賃・人件費・運営コストなど、出て行く物も多い
  • 現在自粛対象外の店でも、客足に相当の影響を受けている
  • 店によっては、業種の特性上融資など支援の対象外の業種もあり(今後5月から緩和されますが)、つなぎ融資もできない
  • 合成の誤謬のように、閉めていて売り上げゼロでは経営が継続できないので、開けざるを得ない
  • 地域・業種によっては、営業に関し地域全体で自粛しようという空気の中で、自分のところだけ開けておくと、いろいろな意味で社会的制裁を食らう(遊技業に関しては、不要不急なので閉めろと思いますが)

など、休むも地獄、開けるも地獄の日々が続いているかと推測します。

 

ここで、1つの店が「続けないと経営が成り立たない」という事情がある中で、営業を続けると、社会的に制裁を受ける恐れが多分にあります。

 

多くの人が自粛生活でストレスがたまっているので、「うちは苦渋の思いで休んでいるのに」とか、「世間で自粛生活がさけばれているのに、それにしたがわないのはけしからん」など、多くの人が思うことも容易に推測できます。

 

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やはり補償の拡充と、退場せざるを得ない企業に対する軟着陸の仕組みを

現在の中小企業に対する支援制度が機能しているとは言いがたい現状があります。(特に雇用調整助成金)

 

申告・納税に関しては、当然きちんとやっていてしかるべきです。

それ以外で、これまできちんと労務管理をしていなかったからとか、内部留保を手厚くしていなかったから自業自得みたいに言い放つ、「事後諸葛亮」的な物言いをする人に対しては、「あんた、ここまで事業に忙殺されてきて、今窮地になっている当事者の前でそれ言える?」と言いたくなります。

 

やはり、文面上は自粛「要請」であれど、実質は、公的機関も世間の空気も「自粛しろよ、しないとわかるよな」という状況になっている現状では、「補償がきちんとなされるから、休める」もしくは、関係先や従業員、自身への影響を最小限にして、廃業や事業売却を決意できるなどの制度の早急な仕組み作りが必要ではないでしょうか。

 

暴論では、「市場環境に適応できない企業・事業主は全て退場してしまえばいい」という旨の極論を言う人間も見受けられます。

 

しかし、企業・事業主は様々な人間で構成され、様々な人生があります。

 

そんな一人一人の人間の人生を無視した暴論が、「経済効率」というドライな理論で、「非効率な企業は市場からさっさと退場すべき」と、いかにももっともらしくのように語られるのは、違和感を超して怒りを覚えます。

 

やはり、自粛要請と補償、そして継続が厳しい企業でも、企業経営者・事業主・従業員に最悪の選択をさせないための、軟着陸策は、是非考えられてしかるべきと感じます。

 

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