2月11日に神田伯山を襲名する神田松之丞氏に見る、成熟業界の再創造と神田松鯉師匠の「ビジネス講談」に見る、異質の掛け合わせ

最近メディアで「神田松之丞(かんだまつのじょう)」さんという講談師の方をご存じになった方もいらっしゃるかと思います。この神田松之丞氏、師匠の神田松鯉氏の、「講談」に対する取り組みと、ビジネスのライフサイクルで成熟期を迎えた産業が、いかに新しい導入期・成長期を作るかというヒントがあると思い、まとめました。

 

神田松之丞という固有名詞の後に付いてくるのは、「日本一チケットの取れない講談師」。神田松之丞さんの講演は、多くが即日完売。

 

2020年2月11日には、「六代神田伯山(かんだはくざん)」という大名跡を襲名されるなど、大衆の耳目を惹くタレント的活動と、伝統芸能を継承する「芸人」の両側面を担っています。

 

テレビでも、「神田松之丞のとカレンの反省だ!」で、Youtuberや貴乃花氏のご子息である花田優一氏、平野レミ氏など、一癖、いや、二癖も三癖もある個性的な面々と絡んだり、お願いランキングという番組の「太田松之丞」というコーナーで、これまた癖のある爆笑問題の太田光さんと、毒舌トークを繰り返しています。

 

他にも、おしゃれイズム、あさイチ、しゃべくり007などさまざまな番組に出演、講談という伝統芸能の世界で、際だって光を放つ存在となっています。

 

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神田松之丞という存在を世間に知らしめた、ラジオ「問わず語りの松之丞」

神田松之丞氏も、突然ぽっと出で世間の耳目を集める存在になったわけではありません。

 

講談界の重鎮、神田松鯉氏に師事し、十数年にわたる下積みと、地道な活動を続けてきた神田松之丞氏。

 

氏の転機の一つといえば、「ラジオ」かと思います。

 

担当者が神田松之丞氏を知ったのは、2017年10月の、TBSラジオ「THE FROGMAN SHOW A.I.共存ラジオ 好奇心家族」という4時間のラジオ番組の中で、10分間の箱番組としてポツンと存在した、「神田松之丞 問わず語りの松之丞」。

 

大体箱番組というと、スポンサーがあるのですが、当時はスポンサーなし。(現在は、フォルクスワーゲンとブルボンがスポンサーになっています)

 

当時はラジオを聴きながら、AIだのテクノロジーだの、先端技術の話をする中に、先端とは真反対の伝統・「講談」というジャンルに属し、独特の語り口を持つ神田松之丞氏の存在は、「異色」でした。(本人もラジオで語っていた通り、言葉を選ばないでいうと、浮いていました)

 

当時の放送は、ラジオクラウドというWebサービスやスマートフォンのアプリで聞くことができますが、初回の週の放送では、「情熱大陸出てぇ~~」とギャグのように話していました。(それから3年後、本当に情熱大陸に出演されるそうですが)

 

しかし、このラジオがきっかけで、高田文夫先生他、様々な文化人・芸能人に「神田松之丞という面白い講談師がいるぞ」と認知され、さらには講談の愛好家だけでなく、一般の人たちにも神田松之丞の存在が認知されていったのです。

 

この「神田松之丞 問わず語りの松之丞」(六代神田伯山襲名後は、「問わず語りの神田伯山」というタイトルになるのかもしれませんが・・・)、ともかく毒舌の一言。触るものにみなプロレスを仕掛ける全方位攻撃。後でフォローをしつつも、「そこに突っ込むか?」というところに突っ込む、コンプライアンスが遵守されすぎる時代に抗うかのような毒舌と自虐のオンパレード。

 

「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」という狂歌さえ片隅に浮かぶ、コンプライアンス遵守という時代の登るエスカレーターを、猛ダッシュで駆け下りるかのような、コンプラギリギリのトーク。(もちろん、社会全体はコンプライアンス遵守であるのは好ましいことですよ、と補足しておきます)

 

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講談とビジネスの親和性

さてここまで、講談と仕事・経営、どう関係があるのかについては触れてきませんでした。

 

一つ、神田松之丞氏(神田伯山氏)の師匠である、人間国宝・神田松鯉(かんだしょうり)氏のインタビューが興味深い内容でした。

 

エピソードの一つとして、

真打になって3年目の1980年(昭和55年)、『ビジネス講談』を始め、大当たりする。

という話があります。

 

ブームは私が作ったんだよ。あのころは忙しかったね。当時、定年になって生きがいがなくなる定年問題が話題だった。三菱電機労働組合から、「いきいきとしたセカンドライフを講談にしてくれ」と依頼され、『惑いからの出発』を作った。それをNHKが取材に来て、評判になって全国から依頼が来るようになってね。例えば 赤穂義士に見る安全管理なんてのを講談にして、どこに吉良は油断があったか、まさかの発想、もしもの発想、それが危ないんだって具体的に事例で示すんです。

 

1980年といえば40年前。

 

古典的な講談を語るだけではなく、当時の現代を生きる人にカスタマイズされた「ビジネス講談」は大きなブームとなります。

 

専門家に教えを請い、参考文献を調べながら次々に講談を作った。中年危機を題材にした『惑える戦士達』、『がんばれ単身赴任』『歴史に学ぶリーダーの条件』『徳川家康の人事管理』『QC講談・秀吉のイキイキ職場』。企業の研修や経営者セミナーなどで月に10日以上全国を飛び回っていたという。

『歴史に学ぶリーダーの条件』は何千回話したかわからないね。信長、秀吉、家康を取り上げて比較しながら、名調子のさわりを入れる。『八甲田山死の彷徨』(新田次郎著1971年)も講談にしたんだ。自分なりに全部分析してね。それを『善悪リーダー心得帳』(神田松鯉著 経営書院 1996年)という本にした。新田先生の奥様の藤原てい先生(ベストセラー作家・1918生~2016没)が喜んでくれてね。お礼の電話をくださったんです。

 

Youtube・ブログ・インターネットテレビ・SNSなど様々なメディア・自己表現の手段が存在する現代と異なり、当時は、メディアの選択肢が極めて少ない時代。

 

そんな中、講談を「ビジネス講談」という形で、「伝統芸能と学び」を融合することで、多くの人に講談を身近なものとしたのが、神田松之丞氏の師匠、神田松鯉氏でした。

 

講談というのは、伝統芸能である一方、時代に合わせて形を変える柔軟さを持っているといえます。

 

そして、世間から求められるものと講談を掛け合わせることで、大衆に講談の存在を再認識させたとも思えます。

 

コンプライアンスに何かと厳しい時代だからこそ、攻めるラジオトーク

 

あれから40年。

 

コンプライアンスでガチガチの世の中に、「身内(TBSラジオの他の番組)まで巻き込む毒舌・あえて失礼なこともいうけれども、親しみやすいキャラ」と「お客さんを引き込む本格的な講談」を兼ね備えた、講談師 神田松之丞という存在は、師匠とはまた違った形で、講談に再度スポットライトを当てる存在となったと言えるように思います。

 

そして、神田松之丞氏は、「絶滅危惧職、講談師を生きる」という書籍で、

 

僕はうちの師匠や一龍斎貞水先生を聴いてもらいたいんです。現在のお客さんに、今いる講談師、僕がいいと思っている人たちを聴いてほしい。そのために僕は、誰にどういわれようと呼び屋にならざるをえない。

 

と述べておられます。

 

また、

とりあえず、神田松之丞がおもしろい、でいいやと。人的資源がないので、僕がアイコンになるしか ない。それで興味を感じたら、次は師匠が出演する寄席に行ってみてください、今のうちに聴いてください、と誘導する。 まずはお客さんを作らないといけないですから。こういう講談師を聴いた、 という歴史をその人たちの思い出に残したいんです」

松之丞の言葉を聞いていると、講談師と観客をいかに結びつけるかということについて深く考え を 巡らせていることが伝わってくる。これまでは希薄だった講談師とお客の信頼関係を、自分という 存在を使って強化しようとしているのだ。 松之丞への信頼感が、ひいては講談というジャンル全体 へのそれに変わっていくことを望んでいる。

 

と、自分は入り口を作りますよ、というメッセージを出しています。

 

先人に敬意を払いつつ、時にグレーゾーンの捨て身のトークで、大衆、その中でもちょっとひねた人を惹きつける。

 

また、マスメディアの講談の扱い方にも、

全国の一般の人が観て喜ぶかどうか、という判断基準ではやっていないように見えるんです。 テレビ で大事なのは講談ファン以外の人に届けることなのに、そこを作り手が把握できていない。もっとも 番組プロデューサーもすべての読み物を把握しているわけじゃないので、それは仕方ない部分がある んです

と、あくまで愛好家の閉鎖的な世界でなく、「全国の一般の人に届ける」というスタンスを持っています。

その後に述べられている、神田松之丞氏のメディアに関する考え方・師匠に対する想いなどは、ぜひ書籍をご覧いただきたいのですが、「講談」という伝統芸能を、様々な意味で背負いつつも、あくまで「金曜九時半にラジオを聞いているような人」に届く、スパイスの効いたトークを届ける神田松之丞氏、そして、個性ある神田松之丞氏を温かく見守り育てた神田松鯉氏。

 

成熟化した産業が、衰退期に落ち込むことを避け、新たな成長サイクルを作るには、個性ある人材の存在・新しいターゲット・層の開拓などが求められます。

 

これはどのビジネスでも言えることですが、「新しい芽を潰さず伸ばし、自由にさせ、業界を活発化させるか」ということは、現在の成熟する多くの業種で問われていることでしょう。

 

最後は少し真面目な話で締めましたが、神田伯山襲名後も、講談師、ラジオパーソナリティなど、神田松之丞時代と変わらず、様々な意味で「魅力的な」講談師としてのご活躍を期待しています。

 

 

 

 

 

 

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